1-2)タコライスと始まりの予感
- いのきち
- 4月22日
- 読了時間: 6分

翌日の12時過ぎに沙織は同じ学校の子と思われる女子2名とともに、西校舎の前、ラグビー部の小さなカフェスペースにやってくる。高田はまだタッチフットのお供をしていて、沙織たちはそのグラウンドを見やる。そして、沙織は高田の方を指差し、他の子たちと何かを話す。
高田はその彼女の姿を、おそらく誰よりも早く認めていた。それはそうで、彼の頭の中は昨晩から、彼女がいつ来るかしかなかったわけで、10時前からタッチフットで子供たちの相手をしながら、心も視線も頻繁に西校舎の前から渡り廊下の方を向いていた。だから、彼女が来たことをいち早く認め、そして彼女たちの方に視線を向けていたので、すぐに沙織とも目が合い、沙織は彼に大きく手を振った。
西校舎は元々は大正時代にできたもので、両サイドは赤い壁面、校舎の正面はくすんだ白色の、随分と年季の入った建物だった。赤い壁の前の白いベンチの前にすっと立ち、その右手の肘を左右に150度くらいに大きく振り、ポニーテールにまとめた髪の毛が少し揺れ、セーラー服の黒いスカートはひらりと揺れていた。彼女の後ろには大きなくすのきが見える。くすのきには強い真昼の光が降り注ぎ、無数の葉はその光をさまざまな色に反射させる。その多くは青と緑と赤であり、そして白であり、かつその一部は淡い紫であり、力強いオレンジのようでもあった。その光の中で彼女は手を振っている。
仕事を終えた高田は小走りで沙織のもとへ行く。周りで誰かが彼を手招きしたり、指差したりするが、そんなことしなくとも彼には十分わかっている。

「今来たの?」
「ううん、1時間くらい前かな。早く着いたの。みんなで出店を回ったり、体育館の応援団の演技を見たりしていたの」
沙織は友達のうちの1人を指差す。
「彼女の彼氏が応援団だから」
応援団なら、そのメンバーは僕らもよく知っている。応援団は大体は野球部の付属のようなところがあるが、うちの高校では野球部は1回戦を勝つこともできないので、野球部だけではなく、ラグビー部や駅伝部の応援をすることも多い。7月の定期戦でもラグビー部の試合を応援してくれた。
「誰?1年生?」
高田が聞く。沙織はちょっと彼女を見る。
「吉岡くん。知ってる?」
同じ制服を着た沙織よりは少し背の低い彼女が小さく話す。吉岡、その響きは高田にはあまりいいものではなかった。
「ん?まあ、一応。応援団とラグビー部は仲良いから」
「お昼は何か食べた?」
話題を切り替え、ここで高田は渾身の一撃を放つ。
昨晩の帰り道、僕と高田で練った戦略はただ一つ。いいタイミングで彼女をお昼ごはんに誘う、というものだった。そして、その行き先は、柔道部のタコライスと決めていた。人気があるけれど、柔道部の出店の1年生とは仲良くて、行ったらうまいことサービスしてくれることになっていた。昨日の帰りの緑屋で、たまたまあった柔道部の1年生と話がついていた。彼ら曰く「そういうことならば、最大限の献身をしようじゃないか」ということだった。
「私はまだだけど・・・どう?」
沙織は他の2人を見やる。彼女たちは少しその言葉の意味を考える。
「私たちは大丈夫。沙織、行ってきて」
2人はそう言って沙織のカバンを彼女に押し付け、手に持っていたドリンクを彼女から奪う。
「そう。ありがとう・・じゃあ、行ってくるね」
彼女たちは、満面の笑顔で沙織に手を振る。
「何か食べたいものある?」
「特にないな。高田くんのおすすめでいい」
「オッケー。当校の文化祭名物、タコライスにご案内します」
高田と沙織は西校舎を背に右手に歩き、渡り廊下の脇を歩き、中庭の真ん中奥の方にあるタコライスの出店に向かう。柔道部の面々は騒々しく彼らを迎える。
「ラグビー部のホープ高田さんご来店!」
「特大タコライス超絶大盛り入りましたー」
ちょっとそれはやりすぎ、という大声での派手な出迎えに高田は顔を赤くし、沙織は笑う。何これ、え、え、という感じで。高田は柔道部の鶴瀬を見る。なんだよこれ、やりすぎだよ・・と困惑の視線を送るも、鶴瀬は汗だくの顔をくしゃくしゃにしてでサムアップしてくる。
2人は中庭を抜け、校門の前のくすのきの下に座ってタコライスをつつく。特大タコライスは、十分に4人分くらいはある。真ん中に置き、小皿に2人で取りわけながらタコライスを食べる。あまりにも大盛りで高田が混ぜるとこぼしてしまったので、沙織がスプーン2つを使って上手に混ぜてくれた。
「あれ、何か仕込んでたの、さっきの」
沙織がいう。
「ん、いや、別に・・」
「ウソウソ、絶対に何か準備してたでしょー」
「ごめん・・昨日、夜柔道部と打ち合わせした・・」
「えー、なんで謝るの。いいなー、男子校っていいよね、やっぱり」
「そう?馬鹿っぽくて嫌がられるかな、って」
「ううん。私はそういうノリが好き。男子っぽいの。女子校の雰囲気は全然合わない。息苦しい。男子校のこういう馬鹿っぽいノリが大好き。だから文化祭も連日来ちゃう」
タコライスは半分くらいは高田が食べ、残りの半分を沙織が食べ、余りはLINEで呼び出された僕が引き受けた。なんともな役回りだったけれど、明らかに良い雰囲気な2人を見て、ラグビー部の部室に行き皆にその様子を報告した。
タコライスがいなくなった木陰で2人は話をする。
僕らの事前のプランでは、今日のゴールは「映画に誘う」だった。映画の選択肢は3つ用意していた。正直、僕らにとっては見るのはどれでもいい。彼女の好きなものでよかった。そして、それが済めば高田は結果報告に来るはずだった。
14時過ぎ、思ったよりも時間がかかって高田は部室にやってきた。時間がかかるということは、それだけ話が進んでいるということで、悪くない兆候に思えたけれども、入ってきた彼は首を横に振り続けた。
「ダメダメ、全然ダメー、でした」
「断られた?」
「ん、いや・・」
「じゃあどうしたんだよ」
僕はちょっと怒り気味に話す。待たされたのもある。
「んー、時間オーバーでした。彼女が今日はもう帰らないといけない、一緒に来ている友達と行くところがあるんだって」
「なんだよそれ。んだよー」
僕は足を投げ出す。隣にいた先輩も小さく笑う。
「ごめんよ。でもさ、でもさ、LINEは交換した。ほら」
そう言って高田はスマホの画面を持ち出す。
「高田くん、今日はありがとう。楽しかったー!高田くんの坊主姿、今度写真で見せてね。次は映画にでも行こうね! 沙織」
僕はその画面を凝視し、そして隣の先輩と、後ろの1年生にも見せる。
「おまえ!!」
そのうちの数名が高田を叩く。ポカポカ叩く。先輩は彼をヘッドロックする。男子校では、抜け駆けはタダでは済まされないのだ。
「坊主姿ってなんだよ。」
「ほら、中学の野球部の時は坊主だったから」
今度はその場の全員から手荒く叩かれる。
午後のくすのきは新しく風を受けざわめく。何かが始まりそうだ、と。僕たちには、いつだってその期待感だけは無限にあった。
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