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1995年の1月、金曜日の夜。決戦は延長線の末、無事終了

  • 執筆者の写真: いのきち
    いのきち
  • 9月16日
  • 読了時間: 7分
90年代最強


グッドモーーーーーーニング トーキョーーーーーー!

イッツ セブン エーエムー!

時刻は7時!

まだまだ夏な朝!最高だぜ!


水曜日の朝、今日も送り届けます。

あなたの、私の、1990年代!

「Viva 90`S 」

氷河期に青春を過ごした最高世代の男女に送る、

青春のレクイエム!ラジオショートストーリー!!


1995年1月17日の大震災。

僕もよく覚えています。忘れるわけがないです。

たくさんの映像が浮かんできます。

そんな時代に、俺らは何を考えていたんだろう?


さあ、準備はいいかい?

まっすぐな心を持って聞いてくれ!


--FM 81.33 T -WAVE--





 金曜日の放課後、教室の窓から差し込む夕陽が、佐藤悠平の机をオレンジ色に染めていた。教室は騒がしく、週末の予定を話すクラスメイトたちの声が響いている。その中で、悠平は一人、こそこそと手の平に「ダイジョウブ」と3回なぞっては、深呼吸を繰り返す。


 彼の視線の先には、藤井美園がいた。彼女は友達と笑い合いながら、教室の後ろでカバンを整理している。

 悠平の胸はこれまでに経験したことのないくらいに高鳴っている。鼓動は、サッカーの試合でPKを蹴る前よりもきっと速い。美園への気持ち、一緒にいたい気持ち、この気持ちを、今日、伝えたい。いや、伝えなければならない。


     *



 火曜日。悠平はこれまで感じたことのない不吉な揺れで目覚めた。地震は別に珍しくない。でも何かが違う。

 6時前、おもむろにテレビをつけてみると、テレビは兵庫での巨大な地震の発生をパニック的に報道していた。

 そして、次第に衝撃的な映像がいくつも飛び込んできた。

 高速道路が波打つように歪んでいた。真っ二つに折れた高速道路から、バスが半分近く空中に車体を出している映像。今にも落ちそうなところを、すんででそのバスは堪えていた。赤茶色い台形のような形をした建物が、足払いをされたように、根本から崩れようとしていた。あちらこちらで火災が起きていた。


 東京の西に住む高校生の悠平は、その光景から目が離せなかった。そしてその日1日、学校を休んだ。1日中、テレビをあちこち回しながら地震とその様子を見続けた。

 

 どうしてだろう。その日の夜、彼は、藤井美園への想いがずんずんと膨らんでいることを感じないでいられなかった。

 もしも、僕らの街にこのようなことが起きたらどうなるのだろう? 東京がこんなことになったらどうなるのだろう? 僕はどうすればいいのだろう。僕は、何を守ればいいのだろう。

 そう思った時に、真っ先に胸につんときたのは、親でも、弟でも、部活の仲間でもなく、藤井美園の顔だった。

 

  *




 放課後、悠平は親友の翔に引っ張られるようにして、駅に向かっていた。美園がいつも乗る地下鉄の時間に間に合わせるためだ。

 翔はニヤニヤしながら言う。 

「悠平、今日が決戦の日だろ? ちゃんと告白しろよ! 俺、応援してるから!」

 悠平は顔を赤らめながら、

「う、うるさいな…でもまあ、ほんとに行くしかないよな」

とつぶやく。ポケットの中の手は、緊張で汗ばんでいる。

 地下鉄のホームは帰宅やら買い物やらの人でごった返していた。そんな無数の雑踏の中でも、悠平は自分の心臓の音をはっきりと聞くことができた。

 美園の姿を遠くに見つけ、思わず息をのむ。彼女はイヤホンをつけ、軽くリズムを取っている。いつも通り、楽しそうな彼女。その姿が、悠平にはいつも以上にまぶしくみえた。




 電車がホームに滑り込む。悠平は翔に背中を押され、美園の近くの車両に乗り込んだ。車内は混雑し、彼女との距離はわずか数メートル。もう一度「ダイジョウブ」と心の中でつぶやき、手の平に3回なぞる。緊張で震える足を踏みしめ、ゆっくりと美園に近づく。彼女がふと顔を上げ、悠平と目が合う。その瞬間、彼女は軽く微笑んだように見えた。悠平の心には無数の針が刺さったような刺激が走る。

「よ、よお、藤井…」

声がかすれる。 

「ん? 佐藤じゃん! 珍しいね、こんな時間にこの電車」

と美園が明るく返す。 その声に、悠平の制服の下の汗が少しだけ引いていく。でも、言葉が喉につかえる。言わなければ、今日言わなければ、今言わなければ。でも、言葉が出てこない。鞄を持たない右手だけが強く握りしめられていく。



 電車が次の駅に着く。美園が「ここで降りるね」とカバンを肩にかけ、ドアに向かう。悠平は焦る。「今しかない!」と心の中で叫び、彼女を追いかける。

 ホームに降りた美園が振り返ると、悠平が息を切らしながら立っている。 

「藤井、ちょっと、待って! 話したいことがあるんだ…」

悠平の声は震えていた。そして、いつもよりも随分うわずっている。

  美園は少し驚いた顔で、

「え、なになに? なんか真剣じゃん」

と笑う。

 悠平は深呼吸し、鞄を背中に振り上げて、勇気を絞り出す。

 「藤井、俺、お前といる時の自分が…一番好きなんだ。いつも笑ってるお前見てると、なんか、すげえ元気もらえる。で、ずっと…ずっと、好きだった。付き合ってほしい。」

 一瞬の静寂。美園の目が大きく見開かれる。もう、悠平は心臓が止まりそうだった。できれば今、この場から、サッカーの試合ではしたこともないような全力のスプリントで逃げ出したかった。

 彼女は少し照れたように笑い、こう言った。 

「佐藤って、ほんと真面目だよね…。でも、なんか、そういうとこ嫌いじゃないよ。うーん…ちょっと考える。夜、電話してくれない?」

悠平の両の目は満月のようにまん丸になる。少しの間、彼女の発した言葉の意味を理解できい。でも、その目には、夕暮れのホームに眩い笑顔で立っている彼女がいた。

 

 

 その日の夜、悠平はテレホンカードと10円玉を何枚か持ってを持って家を出る。坂を下った先にある、人気のない電話ボックスを目指す。

「夜電話して」

そう言って彼女は電話番号を渡してくれた。03から始まる家の電話だ。

 勝負は延長戦に持ち込まれた。

 こんなにねっとりとした気分は初めてだった。

 コートのポケットに入れた手は、氷点下に迫ろうかという真冬の夜なのに汗をかいている。

 悠平の家の電話は、いわゆるコードのついた親機しかない。だから、電話をするとなると、親や弟のいる居間でしなければならない。でも、この電話を彼らの前ですることは到底できない。


 電話ボックスには幸いに先客はいない。

 灰色のステンレスを引き中に入る。念の為周りを見回す。万が一にも知り合いに会いたくない。

 左のポケットから、電話番号のメモを取り出す。右手にテレフォンカードを持つ。それを差し込んで、銀色のボタンをプッシュしていく。。。はずだった。だけれど、悠平の右手は30度くらいに曲がったま動かない。動かすことができない。


 ちょっと待て。

 そもそも、なんと言えばいいんだ?

  ”佐藤と言います。美園さんをお願いします”と言ったとして、もしも出たのがお母さんで「何のご用ですか?」と聞かれたらどうするんだ? どう言えばいいんだ?

 そもそも、お父さんが出たらどうする? 留守電になったらどうする? 

 美園は本当に出てくれるのか? 結局は断ると言うことになったら、そもそも電話口に出てくれないんじゃないか?

 悠平の頭には無数の疑問の泡が湧き出てくる。その1つとして、ポジティブなものはない。

 

 やめようか。


 信号機が赤に変わり、黒いスポーツカーが後ろに止まる。人の顔くらいあるマフラーからボンボンと大きな音がして、悠平の心臓の音とシンクロする。運転手の若い男性がこちらを見る。悠平はその20代後半くらいの男の人と目が合う。すると、髪の長い彼はこちらに向かってサムアップをしてくる。そして、一層大きな音をマフラーから叩き出して去っていく。

 遠くで犬の鳴き声がする。


 だいじょうぶ。

 だいじょうぶ。

 だいじょうぶ。


 もう一度、3回手のひらになぞって飲み込む。

 心がはやる。溢れる思いはもうこぼれ落ちそうだ。

 悠平の右手に不思議な力が宿る。

 押し出されるように、電話機のボタンを10個押す。


 一瞬の間があって、トゥルルルという音が流れる。その音が流れてから、美園が電話に出るまでワンコールもなかった。だけど、悠平には永遠のように感じた。

「もしもし。藤井です」

「あ、藤井? 佐藤です」

「悠平くん? おっそいーーー。ずっと待ってたんだよ。もう、電話してこないかと思った!!ドキドキしたー」


 1995年の1月、金曜日の夜。決戦は延長線の末、無事終了。




この世界で、何人の人が、金曜日に告白をしたんだ?

身に覚える人は、一緒に歌おう!


さあいくぜ、この曲を!




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