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猫人 (2)

  • 執筆者の写真: いのきち
    いのきち
  • 1月27日
  • 読了時間: 3分

更新日:1月29日


猫人

 僕の最寄りの駅は私鉄の支線で、線路は単線、電車は4両編成しか走らない。

 決して田舎ということではなくて、いわゆるバブル期にかけて、ちょっとした山を切り開き、100棟以上のマンションが乱れ立つニュータウンで、駅はその山の麓にあって、帰り道はなかなかの勾配の上り坂が続く。

 途中、坂を登りきるまでは、まだ開発されていなくて鬱蒼とした森が忘れられたように佇んでいる。その森を抜けると、突如一面に新しく切り開かれ、整備された街並みが広がる。ただ、夜は街灯もほとんどなく、暗闇が急に深まるので、多くの人はこの森を迂回して、整備された大きな道の方を登っていく。しかし、3、4分、余計に時間がかかるので、暗闇などは気にしない高校生男子は森を抜ける。


 その日の帰りはまだ日没後の薄明の残る時間で、普段なら会社や学校帰りの人もちらほらいる時間だった。しかし、体育の日の祝日で人は少なく、森に向かう坂を登っているのは僕だけだった。


 僕の心ははずんでいた。

 初めてのデートで、少し親密になれた気がする。そして、定番だけど、朝の電車を一緒に乗る約束をして、気持ちはすでに明日の朝に向かっている。学校の人に会わないか(きっと会う)、彼女の学校の人に見られないか、中学校の時の知り合いに会わないか、何を話すか、どの服を着ていくか、そんなことが頭の中を支配している。

 彼女も、同じような気持ちでいてくれるのか。そう考えるだけで、心臓の左下あたりにむず痒さを感じる。



 坂は森の終わりの方で大きく左に曲がる。そこが一番暗い。街灯はない。

 

 僕はその時、後ろを振り返る。

 誰かがいた。

 誰かが後ろを歩いていた。

 音はない、声もない、だけど確実に。

 そして僕を見ていた。

 でも振り返ってみても誰もいない。


 風がひやりと抜ける。赤黒い夕闇の森に、夏ではない風が吹き抜ける。


 気のせいか。と思う。でも何かが引っかかる。そこには、何かが確実にいた。それは間違いない。だけど、目の前にはいない。

胃の中から、少し前に食べたピザの匂いがこみ上げてくる。急に気持ちが萎える。


 彼女は僕とは違う。彼女は僕のようには感じていないかもしれない。彼女は、明日の朝、来ないかも知れない。彼女は今、僕のことをせせら笑っているかも知れない。大して見栄えも良くもないのに格好だけつけて、と友達と電話して笑っているかも知れない。

 わからない。

 でも、とにかく、僕はとてつもなく憂鬱な気持ちになる。

 明日は行くのはやめようか、とも思う。


 前を向き、左に曲がりきり、まっすぐ歩く。100mもすると森を抜けて、友達の住むマンションが見える。夕暮れのオレンジが鮮やかに広がる。風は冷たくない。


 そんなことはないさ。

 今日の雰囲気は間違いない。大丈夫。

 僕はもう一度後ろを振り返ってみる。

 坂の下の方から、高校生くらいの男の子が早足で歩いてくる。そして、僕の横を風のように通り抜けていった。みたことのある子だった。


 やはり気のせいだったのかなと思い、後400mくらいの道を家に向かう。

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