猫人 (4)
- いのきち
- 2月4日
- 読了時間: 3分

気づくとが僕は、森の中の道のはずれに横たわっていた。脇腹の異様な痛みと、顔からの出血が、猫人の存在が事実であったことを示している。しかも僕は全身裸だった。さらに、僕の下腹部には白い精液と思しき液体が付いている。僕のものかどうかはわからないと思いたいが、おそらく僕のものだ。
暗闇は深く、道まで遠く、誰も僕には気づかない。服や鞄は僕の横に乱雑に置かれている。
痛い。しかし、それ以上に僕は激しく戸惑う。
僕は、何をしたんだ?
裸になり、森の中で精液を出している。僕は自分の姿のおぞましさに身が悶える。
起き上がろうとするけれど、痛みで力がうまく入らない。お腹のあたりに全然力が入らない。少し時間が必要だ。僕は諦めてもう一度森の闇に横たわって、周りを見渡す。
真っ暗な森の中を、地面に横たわり下から森を見る。月は出てないのだろうか。近くのマンションの明かりは届かないのだろうか。恐ろしいほどくらい。だけど、木の葉がかすかに揺れ、何かの虫の音だろうか、カサカサと何かが動く音は聞こえる。寒くはない。寒いよりも痛い。
一体何が起こったのか、僕は考えてみようとする。猫人に殴られて罵倒されて、ナイフを出されたことは覚えている。死を感じた。しかしこうして僕は生きている。ナイフの傷はないところを見ると、ナイフで刺されはしなかったようだ。
でも僕はどうして裸なんだ?
そして、どうして精液をだしているのだ?
考えようとすると、胃の上のあたりから何かが湧いてくる。腐った漢方薬のように苦く、ずいぶん昔のこんにゃくのような粘度の高い何かが。僕はそれを吐き出そうとするが、嗚咽にしかならない。何も出てこない。
僕はどうでもよくなる。手を投げ出して、足を組む。誰かに見られたら大変なことになるけれど、不思議とそのことは気にならない。
猫人の言ったことを考える。
猫人の言っていることは全部正しい。本当だ。
僕が彼女に言ったことはかなり嘘だ。彼女によく思われたくて、勝手に話を作った。
でも、それがなんだって言うんだ。それがいけないことなのか。人間は、全部本当のことだけ話して、本当のことだけで生きていかないといけないのか。もしも、人間がみんな真実しか話さないならば、真実になんてなんの意味があるのか。真実など滅多に話さないから、みんな真実を知りたがるんじゃないか。
僕が彼女を傷つけているとは思えない。あんな話があろうがなかろうが、多分彼女との結果は同じだったはずだ。でも、少し面白い話で気を引こうとしたまでで、それがどうしてこんな目に合わなければならないのか。
僕は激しい憎悪を感じる。この不当な扱いに激しい怒りを覚える。
しかし猫人はいない。
しばらくして、痛みが薄らぎ僕は起き上がる。服を着る。カバンを持つ。靴下を履き靴に足を通す。でも、それは今までの僕ではないようだった。
猫人は僕の前にはいない。しかし、僕の中にはいる。
僕はそれを感じる。下腹部の痛みの奥底に猫人はいる。確実にいる。僕はそのことを完全に認識する。人間の肌の色が生まれもって決まっているように、覆しようのない事実として猫人は僕の中にいる。
彼女とは12月の手前に会わなくなった。別に特別な理由はない。部活の予定などが変わり、時間が合わなくなっただけだ。僕の嘘が原因ではない。
僕の生活はそのまま流れていった。猫人とともに。僕の中に猫人がいることは誰も知らない。
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