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40歳のラブレター (7)卒業してから

  • 執筆者の写真: いのきち
    いのきち
  • 1月21日
  • 読了時間: 4分

40歳のラブレター


 大学5年生の秋の最後のラグビーの試合の時も、朝は一緒に車に乗って武蔵野にある大学のグラウンドへ向かった。おそらく最後になるだろうと思われた試合で、ずっと遠くまで抜けるような青空が広がり、少しだけ朝はひんやりとしていて、絶好のラグビー日和という感じだった。朝はコンビニでカツサンドを買って、車の中で食べた。景気付けに。 この時が彼女とと一緒に車に乗った最後になった。なつかしのクレスタでは。 結局試合は負けて、僕はそれ以来ラグビーの試合に出たことはない。でも、ラグビーとはこの先も必ず何かの形で関わっていこうと思っている。こんなに太ってしまって、選手、というわけには行かないけれど。

 11月の末にサークルの活動が終わり、彼女とと会うこと自体きっかけがなくなっていった。納会があったり、そういう場では会うこともあったけれど、そういう皆がいる公式の場では、もともとそんなに話をすることもなかった。

 12月になると僕は内定先のコンサルティング会社の同期の女の子と仲良くなり、年があけて1月になってからは彼女と付き合い始めた。そのことは彼女には知らせなかった。3月に卒業するまでは時間がたっぷりあったので、とにかく彼女とはたくさんのところに出かけた。車で。そして4月に社会人がスタートすると、実家を出て同時に彼女と同棲を始めた。会社から近い足立区の青砥に。


 会社がスタートしてからは、怒涛のハードワークで、しがみついていくのが精一杯という日が続いて、そうこうしているうちに、彼女と連絡を取ることも、彼女と会うことも、彼女のことを考えることも少なくなっていった。

 大学を卒業してから彼女と二人で会ったのは2回だけだ。そう、この15年間で2回。多いのか少ないのか。その他、みんなで集まったところに僕も彼女もいたということはもう少しあったけれども、例によってそういう時は、改まって何かを話すことはなかった。


 1回は僕が札幌に行った。仕事の出張に当て込んで、レンタカーを借りて札幌から留萌方面へ走った。5月の連休明けで、まだ朝晩の空気は冷たいけれど、春の海を左手に、小高い海沿いのまっすぐな道を、涼やかな風を受けながら走るのは、久々に爽快な気分だった。彼女を助手席に乗せて日本海に抜ける風を全身に受けると、社会人になり、知らず知らずにこびりついていた色んな垢が、どんどんとふき飛ばされていくように感じた。 その道には風車がたくさん立っていて、海からの風を受けて緩やかに回る彼らを見ながら、土産物屋で買った何か甘いものを一緒に食べたのを思い出す。何を話したのか。何を感じたのか。風車がゆっくりとゆっくりと回っていて、世界がこれくらいゆっくり回ってくれたらいいのに、と思っていたような気がするけれど、わからない。 立ち寄った日帰り温泉も素晴らしかった。海に沈む夕日と波打ち際が見える露天風呂で、海の深い藍色と夕日の濃いオレンジと、波の音をいつまでも聞いていたかった。 札幌に戻ってからは2、3軒飲み歩いて、また来るよ、と言ってホテルに戻った。でも、白状しておくと、僕はこの日、札幌のルネッサンスホテルの最上階にクイーンサイズのベットのある部屋を用意してた。もちろん、彼女と一緒に泊まるつもりで。結局は一人で深夜に戻り、だだっ広いベッドに酔っ払って転がり、気がついたら朝で、高額な費用だけが飛んでいった。 誘おう、想いを伝えよう、と思って、結局できなかったというのは僕も全く成長がない。あるのは未練だけだ。帰りの飛行機で、北海道の姿を眺めながら、大いに自分の不甲斐なさというか、なんというかを嘆いた。

 その後、彼女とEが分かれて、Eは結婚して、彼女が一人で、僕も長いこと付き合っていた彼女と分かれたりなんだり、うつ病がどうとか、仕事でも大きなトラブルを3度も4度も起こしたりもした。20代後半から30代前半。そうこうしているうちにコンサルティング会社をやめ、会社を立ち上げているうちに、30代も半ばになり、ふとした出来事から結婚をすることになり、子供ができて、自分の会社は思ったよりは上手く行かないけれど、なんとか必死に走り続けていて、時間は気がつけば随分と過ぎ去っていった。


 彼女と2回目に会ったのは2年前の銀座。仕事で東京に来ていた彼女を7名くらいで囲って、結構飲んだ後、おそらくは周りがそう仕向けたように思うのだけれど、彼女と二人で銀座の端のバーに入った。

 銀座にしてはカジュアルな方のバーで、入ってしばらくしたら、ミスチルの「終わりなき旅」が流れてきた。昔、Fが少しメンタルの具合を悪くした時に、彼と彼女と3人でよく聞いた曲だ。3人で行ったカラオケでも何度も歌った。 僕はだいぶ酔っ払っていて、何を話しのたかよく覚えていないけれども、それまでと違って、少しだけ彼女と親密な距離になったように感じた。どうしてなのか、どういうところでそう感じたのか、それはわからない。大学を出てそれぞれが十数年、お互い特に交わることもなく別な世界を生き、それぞれの道を歩きながら来て、ふとしたことで会ってみると、懐かしい気分とかではなくて、一歩前に進んで来たような気持ちになっていた。僕は。彼女ははどうだったのか。



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